速くなるために

速くなるために

 

序論

以下は基本的に自由形について考察し、記述するものです。

しかしながらそのベースにある思想や、方法論は競泳全般にわたって活用可能なものと思います。

僕の願いは僕の考えを理解していただき、体内に取込んだ後輩諸君が自ら考え、自らの手法で速くなっていくことです。

いくつかの単元に分かれて僕の考えを記述しますが、可能な限りそれぞれ短くまとめるつもりです。

また、その全ては僕が競泳をやる上で常に念頭においたことです。

ここに書いてあるものがすべてではなく、また真実である保障もありません。

しかしながら、皆がこれを読んで、各個人にとって最良の練習をしてくれたら本望です。

 

UPからDOWNまで

せっかく貴重な時間を割いて練習するのです。

UPで飛び込んだそのときからDOWN後に退水するそのときまで気を配りましょう。

毎日朝一番の飛び込みに気を配っているやつと、漫然と飛び込むやつ。

1年間で200回分、飛込み技術に差が出ます。

練習で混み合っているからといって最後までタッチしないのも同様に勿体無いことです。

折角の時間を割くのだから、真摯に水泳しましょう。

少なくとも壁を蹴ってから壁にタッチするまでは。

 

FORMINGってなに?

FORMINGって何だと思いますか。

それは勿論、「普段よりフォームに気をつけて泳ぐこと」でしょう。

では、普段から当然のようにフォームに気をつけたらどうでしょう。

フォームとは競泳に於いて基本の基です。

もしもANENでフォームから気持ちが離れていたらその練習は無意味でしょう。

その意味で僕はFORMINGという練習メニューは不要だと思っています。

UPというFORMING

ENというFORMING

ANというFORMING

DOWNというFORMING

色んな速度域でFORMINGしてください。

そしてそれを当たり前と思えるようになって欲しい。

 

きれいなFORMってなんだ

正しいFORM

綺麗なFORM

それは誰が規定したのでしょう?

どうやって規定したのでしょう?

それら基準となるFORM速いから基準なのです。

綺麗なFORMを目指しましょう。

美しく泳いでください。

 

推進力と抵抗力

推進力は手と足。

抵抗は身体。

端的にいうとこれだけ。

水泳ってものすごくシンプルだね。

 

速くなるために(推進力偏)

推進力の7-8割は手で生み出される。

そのためここでは手について記述する。

(その1)

捕まえる水を最大にする。

つまり可能な限り遠くから水を持ってくる。

(その2)

ストローク中、水面に垂直に立つ腕面積を常に最大にする。

(その3)

有効な腕面積を最大限引き出す。

ある局面においては指先から脇の下までフルに使って水をかく。

掌や腕だけでストロークをしているなら勿体ない。

使えるところは何でも使ってください。

 

速くなるために(抵抗偏)

推進力とは違いこちらは少なければ少ないほどいい。

そのためには身体の軸をまっすぐにする。

これにつきる。

入水の位置、ローリングの度合い、呼吸時の頭、フィニッシュ・・・

以上全てに気を使わなければならない。

これこそUPからDOWNまで本当に気をつけなければ直らない。

しかしながら軸を体得した暁には、今それぞれが感じている壁はもはや壁ではない。

スムーズな美しい泳ぎがそこにあるだろう。

 

速くなるために(トレードオフ偏)

推進力偏と抵抗偏を共に実践しようとすると弊害が出る。

・より多くの水を捕まえようと腕を前に伸ばす、しかしそれが過ぎると軸が出した手の逆に反れる。

・多くの水を捉えようと最大限肘を伸ばすと関節がロックされ肘を落とせなくなる。

ここに挙げたものだけではなく、泳ぎを改良しようとすれば必ずどこかにトレードオフ関係にあるものが出てくるだろう。

これらは自分で何回も実践し丁度よい落しどころを探る必要がある。

それこそ、練習するということ。

 

目標はなんですか

目標はありますか?

〇〇秒を出す。

正式になる。

全国公にでる。

インカレに出る。

勝つ。

どんなものでも構わないです。

公言してください。

目標を言うことは部活全体の活力を高め、なおかつ自分の退路を断つ。

競泳は生易しいものではない。

100分の1秒の果てに喜びが欲しいなら甘えは禁物です。

目標はなんですか?

 

やるべきこと

目標があれば課題がある

目標を言えた人は、自分自身が越えるべき課題を常に言えるようにしてください。

現状の自分と目標を比較すればおのずと見えてくるでしょう。

自分自身の改善点が。

ここをこうすれば速くなるはずだ。

考えうる限り思い浮かべてください。

練習中どれだけの時間それが念頭にあるか、それがその人の伸びを決めます。

 

SIMPLE IS BEST

モットーは水を捕まえたらただただ後ろに

S字はもはや必要ありません。

水を捕まえたら、可能な限り素早く後ろへ。

シンプルに行きましょう。

 

理想は常に頭に

必ず理想の泳ぎを頭の中に持ってなければならない

「思い描いてください。」といわれたら思い描けるようにしてください。

イメージがあれば自ずとフォームは近づいていきます。

もう一段階踏み込んだ要求をすると、それは非常にゆっくりしたもの。

また、目線は自分目線のものがいいです。

ただし、これは難しい。

まずは自分から第三者を見るような目線でも構いません。

最悪でも「理想の泳ぎを」と言われたらイメージできるようになっていてください。

それが速くなるためのひとつの素養です。

 

統一せよ

全ての局面において統一されたフォームで泳いでください。

意識をしないと出来ません。

無意識だと、UP用フォーム、AN用フォーム、EN用、DOWN用、大会用・・・。

これでは全く無意味です。

大会では今まで練習したのとは違うフォームで泳いでしまう。

これは僕が在籍していた頃から多く見られました。

意識して普段どおりの泳ぎで大会に臨みましょう。

そのほうが速いはずです。

落ち着いて。

 

練習は自由だ

練習メニューは確固たるものとして存在する。

しかしその枠組みの中でどのようなテーマを持って練習するかは自由です。

たとえば、「今日はフォームなんか無視してただ我武者羅に果てるまで攻めよう。」

「今日は最後まで絶対きれいなフォームで泳ぎきってやる。その半面タイムが遅くなってもしょうがない。とにかくフォーム。」

いずれもありでしょう。

個人的なことを言えば後者のほうが好みです。

タイムはいずれついてきます。

ただし、1年間というスパンで成果を出したいのなら、その考えが許されるのは春まで。

 

無限の可能性

フォームを矯正したいと思うとき、どんなドリルをやりますか。

ドリルに決まった観念などありません。

100人いれば1000通りのドリルがあってしかるべきだと思います。

自由な発想でドリルを創造してください。

たとえば、軸をまっすぐにしたい。

幸いサンシャインはタイル張りです。


タイルの目地を見てその直線に自分の体を乗せる。


入水の位置はその中心にすえた直線からタイル2つ分隣


ときどき5秒間とか目を瞑ってみる。目を開いたときも同じ目地の上にいられるか。

いくらでも考え付きます。

タイルを使わないものもあげておこう。


NOBOARDで水中キック。自分がこれと決めた一回のキッキングで体を90度回転させられるか。

(下を向いていたなら、右または左を向く。)

これはどんな意味があるでしょう。

泳いでいるとき体はストロークやローリングによって思いの外、軸をずらそうとする力を受けます。

11回のキックで姿勢を自在に操れるならば、そのような外乱も1回のキックで押さえつけられるでしょう。

キッキングで体を制御する能力を上げようと試みるドリルです。

自分のフォームを理解して、その上で補正したい項目があるのなら、それにぴったりなドリルはおのずと考え付くでしょう。

考え付かないとか、人から教えてもらってばかりいるのであれば、考えが足りないと言われてもしょうがないと思います。

もしも自分の考えたドリルに不安があるのなら、また、ヒントがほしいなら、仲間に相談しましょう。

そのための白熊会だから。

 

すべてに理由がある

自分のフォームは他人に説明できるようになってください。

なぜそこに入水するのか。

なぜその深さで腕をかくのか。

なぜプルとキックは現状のタイミングでうっているのか。

その他もろもろ自分のフォームについて一番よく知っているのは自分でなければならない

もしそうでないならば、それは自分のフォームではない。

まずは自分のフォームを理解してください。

そして説明を試みたときに、自分で「おかしいな」、もしそう思う項目があったら矯正すべきなのではないでしょうか。

人に説明しようと試みて初めて気づくことというのもあります。

考えて泳ぐ、考えて練習する、とはそういうこと。

考えて泳いでいる人間は、そうでない人間の数倍の速度で速くなる

 

優先順位

自分の中で矯正すべき問題があるときは、必ず優先順位をつけること。

あれもこれも、は無理です。

まず、なにが根本なのか。

それを見極め、本質に近い部分から矯正しましょう。

僕の持論ではまずです。

あくまで僕の持論ですが。

 

考えるということ

標題については散々書きましたが、やっぱり考えることが一番大切なのです。

たとえば自分のフォームについて質問するときには、まず自分が自分を理解していること。

自分なりの考えがあることが絶対条件です。

その段階までは自分で到達しましょう。

間違っていても構わない。

それでも自分なりの考えは持っていてください。

白紙ではだめです。

考えることは、速くなるための最初歩でしょう。

 

レースとは最高の練習だ

大会での緊張感とは練習のそれとは比べ物にならない。

先にも大会と練習で違うフォームで泳ぐ人を間々見かけると書いた。

大会は大会。練習は練習。

そういう意識がありすぎるのではないだろうか。

競技役員がいて、同じようなタイムで泳ぐほかの泳者がいて、観衆がいて、スターターのピストルでスタートする。

まさに最高の練習の場ではないだろうか。

こういう場所を無駄にしないでほしい。

11つの大会を大切にしてほしい。

代替わりから7月の七大戦まで、いったい何回同じ状況で練習できるだろう。

長水路に限れば、道学・東日本・北部・道選手権。

この4大会しかない。

いってみれば本番に則した練習の場はそれしかないのだ。

どうして無駄に出来ようか。

11本神経使って泳ぐべきだと思う。

そういう積み重ねが、本番での自信につながるはずだ。

大会が、本当の意味で大会になるのは引退レースだけである

 

すべてはコンビネーションのために

プルのためにプルの練習があるわけではない。

キックのためにキックの練習があるわけではない。

すべては大会で速く泳ぐために。

うまくキックが出来た。

それは本当の意味でうまく出来たのか。

速くキックできるようになった。

それはコンビネーションに生きる成長なのか。

練習はすべてレースのために。

つまりコンビネーションのためにある。

今やっている練習はキックに特化したものであるが、それはコンビネーションのためにやっているのだ。

そういう意識が大切だと思います。

 

音楽を聴いていて、本当にいいの?

よくEN系の練習で頭の中に音楽が流れているという人がいます。

一日の練習の中で、そのENをリラクゼーションタイムと位置づけたならいいでしょう。

しかし、もしそのENがその日のメインだとしたら。

音楽を聴いていていいのでしょうか。

もう少し入水は外側にしようか?

もっとハイエルボにしてみよう。

次は10Mまでドルフィンしてみよう。

もっとゆったり泳げないだろうか?

そういうことを頭で考えるべきではないだろうか?

30分間音楽を聴いていたのでは本当の意味で練習したとは言えないのではないだろうか。

勿論、エネルギーは燃焼されただろうが、未来につながる練習が出来たと言えるでしょうか。

音楽を聴きながら勉強して、本当に頭のトレーニングになったのか。

というのと同様の問題です。

ちょっと念頭においてみてください。

 

「常に考える」が常に無意識に出来たら○

考えて泳ぐというのはしんどいことです。

ただし、ずっとずっとそれを続けていれば当たり前になるのです。

はじめてこれを読んだ人には大変なことだと思います。

最初は意識的に、いずれ無意識に。

考えないで泳いでいる人が爆発的に伸びることはないと思います。

また、考えて泳いだからといって爆発的に伸びることもない。

それでも考えていれば、可能性があります。

考えなければ可能性すらないのです。

「考えて泳ぐ」それが白熊のコモンセンス、暗黙の了解となればうれしい限りです。

またそうなったとき、全員が伸びるベースを持つと思います。

 

ひとりじゃない

いままで散々「考えて」といい続けました。

ただ、きっと一人で考えていてもいずれ詰まってしまうでしょう。

そういう時は躊躇せず相談しましょう

そのために白熊会はあります。

ただし、疑問をただただ投げかけるだけではだめです。

「私はこのように思うのですが、どうでしょう。」

こういう姿勢が大事です。

何の考えもなしに相談されても、相談された側も困ってしまいます。

それに自分の考えなしにした質問のクオリティなど高が知れています。

僕が言うのは、充分に考えたうえで気軽に質問しましょうということです。

理想的状況である「当たり前に皆が考えて泳いでいる」状況であれば議論は活発に出来だろうな。

 

スピードの意味

厳しいことを言うようですが、現時点で(2007年冬)君たちは甘い。

スピードを得るとはどのようなものかわかっていますか?

本当に速くなりたい(スピードを得たい)と思っていますか。

根拠のあるものではなく僕の勘ですが、少し甘えがあるように思います。

石木のメニューについていけば大丈夫。

そんな風に思っていませんか。

スピードは一年間頑張った人に無条件で与えられるギフトではありません。

本当に欲しくて、欲しくて、あらゆる手を尽くした人がやっと獲得できるものです。

なぜもっと貪欲にフォームを追い求めないのでしょうか。

なぜもっと積極的にビデオを取り合って議論しないのでしょうか。

朝起きて、チャリこいで、練習するだけでは勝てません。

ライバルに本当に勝ちたいならばもっとアグレッシブにスピードを追い求めたほうがいい。

やつらは手ごわい。

 

スキルとタフネス

タイムを伸ばそうと思えばこの2点しかないはずです。

スキルとは技術

泳ぎが上手いとか、下手とか、そういう観点です。

タフネスは強さ

後半になってもペースが落ちないとかそういうこと。

僕はスキルの大切さを訴えたい。

いままでずっと書いてきた「考えて泳ごう」とは基本的にスキルのことになります。

タフネスはただ、「がんばれ!!」とか「死ぬ気で泳げ!!」とか、そういえば済みます。

 

頑張って泳いで♪

 

なぜ、僕がスキル、スキルというか。

きっとライバルも君たちと同等の時間練習している。

ならばきっとタフネスの強化度合には大差ないだろう。

そして大差つけられもしないだろう。

でもスキルは違う。

ちゃんと考えて泳げば必ず体得できる。

そして1つ体得すれば何倍もの効果を生む。

 

これから甘美な話をしましょう。

 

たとえば、現状と同じストローク効率で、腕1回転当り100分の1秒早くかけるようになったとしましょう。

僕たちは、50m泳ぐときに大体60カキ(30ストローク)します。

すると・・・1カキの無駄0.01秒を削り取っただけで0.6秒速くなります。

 

たとえば、現状と同じストロークテンポで、1カキで進む距離が1cm伸びたとしましょう。

新しい自分と、古い自分、ヨーイドンでスタートして60カキ。

新しい自分は0.6m先行しています。

 

このようにスキルを上げることは、何倍もの効果を上げてくれます。

ストロークの1箇所を直せば、レースでは60倍に。

もちろん実際はこの想像みたいに簡単にはいかないけれど、やる気が出てくるでしょ。

本当に微微たる無駄を削ること、ほんの少しの効率UPを追い求めること

それが練習するということ。

UPからDOWNまで自分の泳ぎをちゃんと見つめていないと気づけないような些細なことの積み重ねがスピードを得ることにつながります。

 

大学ベストって?

ときどき耳にする「大学ベスト」っていう言葉。

なんでしょう。

意味がわかりません。

大学ベストっていう言い回しは・・・

「経験者は大学では『ベスト』がでない」ということ。

そういうことを暗に言いたい言葉に聞こえます。

そんな言葉が存在すること自体、軟弱な部活だと思います。

いいですか。

大学ベストなんてベストでもなんでもない

過去の自分に勝ってない。

意味がない言葉、甘え、だと思います。

言わないでほしいです、その言葉。

 

我慢

東京大学深谷さんが言っていた。

「人間には酸素欠乏を感知する能力はない。しかし二酸化炭素多可を感知すると苦しい」

いい事を聞いた。

つまり、我慢できるなら呼吸しないほうがいいという科学的裏づけだ。

ハンフリを泳ぐとき、呼吸したいという欲望を可能な限り押さえつけてみることを提案する。

きっと速くなるだろう。

例えば僕はハンフリで長水路なら0回、短水路なら1回が呼吸の回数です。

我慢できずに1回増えてしまうと0.2秒は遅くなる。

死ぬことはない(多分)。

一度我慢してみたらどうだろうか。

 

イメージ

競泳に於いて番狂わせなんてもの基本的に起こらない。

サッカーなら日本がブラジルに勝つこともまだ、ありうる。

でも、僕がポポフに勝つことなんてまずありえない。

それまで練習してきたものをちゃんと大会で発揮できれば、の話。

「練習してきたものを全て大会で出す」ために準備しよう。

クレバーに大会に臨もう。

大会に行く前に、競技順序、それから推測できる開始時間は必ず把握しておいたほうがいい。

そしてシュミレーションしたほうがいい。

朝、会場についてからレースに望むまでの自分を。

一度それをやっている選手と、ぶっつけ本番で来た選手。

精神面での余裕が全然違う。

やっておかないと、望まない番狂わせが起こってしまうかもしれない。

レースは号砲で始まるのではない。

 

レースって楽しいよな

大会。

緊張しますか。

もちろん多かれ少なかれ、緊張するでしょう。

でも僕は緊張すら楽しかった。

ヨーイドンで飛んで、我武者羅に泳いで壁にタッチして、電光掲示板に名前とタイムが載って。

僕らは誰から強要されたわけでなく、自分で好きだから競泳をしています。

大会ってその最たるものだから。

義務なんてものはない。

ただ、速く泳ぎたい。

目立ちたい。

きっとどんなレベルのスイマーになっても根っこは同じでしょう。

たった数秒だけど、たった数分だけど、メインプールの1コースを占領して、掲示板も役員も、観客もぜーんぶ自分のもの。

そんな風に思ってレースしたら楽しいよ。

大会超楽しい。

みんながそう思える部活であったら僕もうれしい。

気負うな。

大会なんてそんなもんだ。

でも全力で。

だから楽しい。

 

 

 

想い

ここまで非常に難しく、高い理想を書き連ねてきました。

しかしながら、君が速くなりたいなら、根本から速くなりたいならきっと役に立つと思います。

実践することは本当に難しいこと。

でも必要なことなのです。

1年では無理かもしれない。

本当に浸透するには数年かかるかもしれない。

それでも意識するのと、しないのとでは雲泥の差があるのです。

いままで書き連ねたことが僕の頭の中に芽を出し始めたのは中学3年生のときです。

それから9年間。

育んできた考えです。

10歳を最後に僕はコーチから指導を受けたことはありません。

速くなるためにはどうすればいいのか。

今まで書き連ねたものは、そう考えて出てきたものです。

真理だとは思いません。

でも間違いでもないと思います。

白熊会にも指導者はいません。

それぞれは自らが自らの指導者になる必要があります。

だから、自分のフォームを知っていなければいけない。

自分を管理しなければいけない。

考えないといけない。

常に考えながら泳ぐ。

それが僕の競泳論の根幹です。

これを読んだ皆の中にも少しでいいから浸透してくれるとうれしいです。

この考えを育んでくれた環境の大部分が白熊会にあります。

僕は白熊会に入って高校のときと比べたら飛躍的に実力を伸ばすことが出来た。

それは先輩や、どんぱ、後輩。

皆がいたからだと思います。

皆でがんばっていたからだと思います。

僕がここに残す思想が、少なからず白熊会のベースとなり、後輩諸君の実力を伸ばすことに一役買うならこんなのうれしいことはない。

「俺たちは強い。」

そして。

お前たちは強い。

がんばれ。

 

大西 陽介

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